声は、一瞬で消える。
けれども、消えながらも残る。
声は言葉を運び、感情を震わせ、身体の痕跡を刻む。
声は他者を呼び、沈黙に触れ、やがて記憶に染み込む。
声は風に似ている。
触れた瞬間に去っていくが、去った後にもまだ、どこかに揺らぎを残している。
私たちはその残響に耳を澄ませながら、時代を生きてきた。

声は何を伝えるのだろうか。
単に言葉の意味を運ぶのだろうか。それとも感情の震えを響かせるのだろうか。あるいは、その人の身体そのものの痕跡、存在の証を刻むのだろうか。
声は、空気を震わせる一瞬の出来事でありながら、同時に人と人を結びつける不可思議な糸でもある。声を聞くとき、私たちはただ情報を受け取るのではなく、その向こうにある体温や息遣いを感じ取っている。だからこそ母の呼ぶ声には安心があり、怒りに震える声には意味を超えて不安が宿る。
声はまた、共同体への呼びかけでもある。歌はひとりで歌っても、必ず誰かに届くことを前提にしている。詩の朗読は聴き手を想定し、祈りの声は神や世界に投げかけられる。声は常に「誰かに届く」ことを前提に発せられるので、そこには他者との関係を開く力が潜んでいる。
さらに声は、消えながらも残る。発せられた瞬間に空気に散っていくのに、耳に届いた者の記憶には確かに残響する。深夜のラジオ番組で聴いたパーソナリティの一言、教室で友が小声でつぶやいたフレーズ、ライブ会場で浴びた歌の響き──どれもその場では消えたはずなのに、心の奥で何度も甦る。
だからこそ声は、意味・感情・身体・関係・記憶を同時に伝える。
そして声が「どのように伝わってきたのか」という歴史を追うとき、そこには技術と社会の変化が重なり合い、やがて金融化へと巻き込まれていく大きな流れが見えてくる¹²。
ちゃぶ台のラジオとGHQの影
戦後、まだ街に明かりが乏しかった頃、家庭の真ん中には一台のラジオが置かれていた。木のちゃぶ台を囲み、家族はひそやかに耳を澄ませる。スピーカーから流れるアナウンサーの声や歌は、遠い世界と日常を結びつける細い糸のように響いた。
この静かな風景の背後には、占領政策を通じて日本のメディアに深い影響を及ぼしたGHQの姿があった。彼らは戦時の「大本営発表」を繰り返さぬように放送制度を再設計し、民間放送を認め、広告モデルを導入した⁶。GHQの民間情報教育局(CIE)にいた日系二世のフランク・正三・馬場はアメリカで培った番組フォーマットを日本に移植し(『尋ね人の時間』『真相はかうだ』『話の泉』『二十の扉』など)、クイズや座談形式を「民主主義の練習台」として根づかせた。
家族がちゃぶ台で聴いていたその声は、民主化と資本主義化を同時に押し進める冷戦下の文化戦略でもあったのだ¹⁶。
声と映像の拡張 ― テレビの登場
1953年、テレビ放送が始まると、声は映像と結びつき、視覚と聴覚を同時に揺さぶる力を持った。茶の間に置かれた小さな箱の中で、声は顔と身体をまとい、国民全体に同時に響いた。紅白歌合戦や歌謡番組は「国民的行事」となり、声が家族の団欒を演出するだけでなく、広告資本がその背後に深く入り込む仕組みも築かれた¹⁵。テレビは声を「映像とともに流通する商品」へと押し上げ、スポンサーシップが声を包み込む新しい時代を拓いた。
公共空間としての映画館
映画は声を「公共的に浴びる体験」として人々に提供した。戦前のトーキーはすでに声をスクリーンに定着させていたが²、戦後のニュース映画や歌謡映画は、観客が同じ空間で同じ声を共有する共同体的儀式となった。映画館の暗闇で響く声は、家庭のラジオやテレビとは異なる「集団の身体」をつくりあげ、人々を感情のうねりの中へと巻き込んだ。
レコード ― 複製される声の始まり
戦前のSP盤から始まり、戦後のLPやEPへと移り変わることで、声は家庭に「所有されるもの」として定着した。さらにアルバム文化は、声をジャケットや歌詞カードと結びつけ、物質性を持つ芸術作品へと拡張した⁷。ここに著作権印税の制度も整い、声は「資産」として流通する仕組みを備え始めた¹⁷。
テープとカセット ― 記録される声、個人化される声
1950年代のオープンリール式テープレコーダーは、放送局にとって番組保存や編集の必需品となり、家庭にとっても「声を記録する装置」となった。1960年代に登場したコンパクトカセットはさらに個人化を進めた⁸。ラジオから流れる音楽を「エアチェック」し、友人同士で貸し借りする文化。ここで初めて「コピー問題」が浮上し、著作権保護が金融的に強化される契機ともなった¹⁷。
カラオケ ― 再演される声
1970年代、日本発のカラオケが誕生すると、声は「聴くもの」から「演じるもの」へと変わった⁹。カラオケボックス産業が急拡大し、著作権使用料の徴収システムが確立したことで、声の「再演」が直接収益に結びつく新しいモデルが誕生した¹⁷。
ウォークマン ― 持ち歩く声
1979年、ソニーのウォークマンは声を身体に密着させた。イヤホンを通して聴く音楽は、街の雑踏や電車の揺れと混じり合い、個人だけの音響世界をつくりだした。声は公共空間の中で「個人の秘密」となり、移動体験そのものを変えた。音楽はもはや家や映画館で聴くものではなく、身体に密着して「歩きながら聴くもの」となった¹⁰。
CD ― データ化された声
1982年に登場したCDは、声をデジタル化し、劣化なく複製可能な資産へと変えた。音楽産業はこの時代に最盛期を迎え、流通金融や印税モデルが巨大化した¹¹。
ビデオとレンタル文化
1980年代に普及したVHSやベータマックス、のちのDVDは、声と映像を家庭に蓄積可能な商品にした。レンタル産業が拡大し、ライセンス管理の対象となった¹⁴。
携帯電話からスマートフォンへ
1990年代の着メロ課金、2007年以降のスマホとSNSの普及は、声を「拡散する資源」とした。広告モデルの高度化は声の金融化をさらに加速させた¹³。
インターネットとAI ― 声の資産化
インターネットは声を世界規模に流通させ、AIは声そのものを複製し売買する時代を拓いた¹²。
声の複製と残響
この「複製された声」は、ベンヤミンが論じたように「アウラ」を喪失しつつも²、逆に広範な共有と市場を可能にした。声の金融化の背景には、唯一性から複製へ、複製からデータへ という変容が横たわっている。

声と金融化の対比
声の歴史と金融化の歴史を並べて見ると、それぞれが相互に絡み合いながら進んできたことがよく分かる。声は単なる表現ではなく、常に「制度」「技術」「資本」と結びつきながら形を変えてきたのである¹¹¹²。
脚注・参考文献
- マーシャル・マクルーハン『メディア論――人間の拡張の諸相』(みすず書房, 1987[原著1964])
- ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」(『ベンヤミン著作集』晶文社, 1970)
- 柳田國男『明治大正史 世相篇』(岩波書店, 1931)
- 鶴見俊輔『限界芸術論』(岩波新書, 1965)
- NHK放送文化研究所編『放送史』(日本放送出版協会, 1995)
- フランク・ショウゾウ・馬場と日本民間放送研究会『日本民間放送の誕生』(未刊行資料、関連証言集)。
- 日本レコード協会『日本のレコード産業史』(日本レコード協会, 1991)
- ソニー企業史資料室編『ソニーの歩み』(ソニー株式会社, 2005)
- 井上明人『カラオケの文化史』(青弓社, 2005)
- Paul du Gay et al., Doing Cultural Studies: The Story of the Sony Walkman (Sage, 1997)
- David Hesmondhalgh, The Cultural Industries (Sage, 2019)
- Arjun Appadurai (ed.), The Social Life of Things: Commodities in Cultural Perspective (Cambridge University Press, 1986)
- Lawrence Lessig, Free Culture (Penguin, 2004)
- Tim Wu, The Master Switch: The Rise and Fall of Information Empires (Knopf, 2010)
- Jennifer C. Lena, Banding Together: How Communities Create Genres in Popular Music (Princeton University Press, 2012)
- 国立国会図書館「占領期におけるメディア政策文書」(NDLデジタルコレクション)
- 日本音楽著作権協会(JASRAC)『著作権と音楽利用の歩み』(JASRAC, 2010)
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この投稿は2025年9月20日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。
