ロバート・レッドフォードが2025年9月16日に米ユタ州の自宅で亡くなった。享年89歳。合掌🙏
ところで、メディアの金融化という流れの中でサンダンス映画祭について触れない訳にはいかないだろう。同映画祭は、ロバート・レッドフォードがハリウッドの“大作主義”に疑問を抱くようになったことがきっかけで始まった。

🎬 サンダンス映画祭の沿革
以下はサンダンス映画祭(Sundance Film Festival)の沿革を、主要な転機ごとに整理したものだ。独立映画の「登竜門」と呼ばれるようになるまでの流れが見えてくる。
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📽️創設期:1970年代
• 1978年
• 俳優ロバート・レッドフォードが中心となり、ユタ州ソルトレイクシティで「ユタ/USフィルム・フェスティバル」として初開催。
• 目的は、ハリウッドの大作中心主義に対抗し、アメリカ映画史やインディペンデント映画を再評価することだった。
• 1981年
• 開催地をユタ州パークシティに移転。雪山リゾートの町が会場となり、現在の冬開催のスタイルが確立する。
📽️名称変更と制度化:1980年代
• 1984年
• ロバート・レッドフォードが自ら創設した「サンダンス・インスティテュート」が映画祭を引き継ぎ、名称を「サンダンス映画祭」に改称。
• 新人監督支援のラボ(Sundance Institute Labs)も設置され、脚本・演出ワークショップなど育成機能が強化される。
📽️インディペンデントの台頭:1990年代
• 1991年
• スティーヴン・ソダーバーグ監督『セックスと嘘とビデオテープ』(実際の受賞は1989年だが、この頃から評価が高まる)などが注目され、インディーズ映画のメッカとして国際的に知られるようになる。
• 1994年
• クエンティン・タランティーノ『レザボア・ドッグス』が上映され、サンダンス発の監督がハリウッドで成功する象徴的ケースに。
• この時期、ハリウッドのスタジオも才能発掘の場として積極的にスカウトを行うようになる。
📽️商業化との緊張:2000年代
• フェスティバルが大規模化し、レッドカーペットや企業スポンサーが目立つように。
• 「インディーズの聖地がメジャー化している」という批判も出始める。
• 一方でドキュメンタリー部門が充実し、マイケル・ムーアやアレックス・ギブニーらの作品が注目される。
📽️デジタル時代への対応:2010年代
• 2010年前後
• NetflixやAmazonなど配信プラットフォームが買い付けに参入。
• デジタル配信を前提とした小規模作品にも光が当たり、劇場公開に頼らない発表の場として重要性が増す。
📽️パンデミックとハイブリッド化:2020年代
• 2021年
• 新型コロナの影響で完全オンライン開催。世界中からバーチャル参加が可能となり、配信によるグローバル視聴者を獲得。
• 2022年以降
• オンライン+現地のハイブリッド形式を模索しつつ、インディペンデント映画の発掘・育成という本来の役割を再強調。
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📽️特徴と意義
• 独立映画の登竜門:低予算・新人監督が国際的評価を得る最重要の場。
• 育成機関としての機能:単なる上映祭にとどまらず、脚本ラボや監督ラボなど教育プログラムを通じて次世代を育てる。
• ハリウッドへのカウンター:商業主義への批判精神を持ちつつ、結果的にはハリウッドとの人材循環を生み出した。
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インディペンデント精神と商業化のせめぎ合いを続けながらも、サンダンス映画祭は現在も世界最大級のインディペンデント映画祭として位置づけられている。
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🎦ハリウッドの“大作主義”に疑問を抱くようになった背景
ロバート・レッドフォードがハリウッドの“大作主義”に疑問を抱くようになった背景には、いくつかの重層的な理由がある。以下に主要なポイントを整理する。
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1️⃣俳優としての体験
• 1960〜70年代、レッドフォードは『明日に向って撃て!』『スティング』など数々のヒット作に主演し、一躍トップスターとなった。
• しかし成功の裏で、興行収入を最優先する制作現場や、脚本・演出よりもスター性やマーケティングを重視するスタジオの姿勢にしばしば失望した。
• 彼自身、アート性や社会性の強い作品を望んでも「売れるかどうか」で却下される経験があったと語っている。
2️⃣1970年代ハリウッドの変質
• 「ニューシネマ」ブームが一段落した70年代後半、スタジオは再びブロックバスター路線(例:『ジョーズ』『スター・ウォーズ』)に傾斜。
• 大規模予算+続編志向が主流となり、作家主義的映画や低予算の挑戦的作品は上映機会を失いつつあった。
• レッドフォードはこの流れを「映画の多様性が失われる」と危惧した。
3️⃣自然観・社会問題への関心
• 俳優業の傍ら、環境保護活動や政治的テーマに早くから関わっていた。
• 自然環境や人権問題を描く映画を支持したが、メジャースタジオはそうしたテーマに消極的だった。
• 「映画は社会に働きかける手段である」という信念と、商業至上主義の乖離が大きかった。
4️⃣創造の自由を守る拠点づくり
• これらの経験から「若い映画作家が自由に挑戦できる場を作らなければ、映画文化は痩せ細る」と考えた。
• その答えがサンダンス・インスティテュート(1981)であり、後のサンダンス映画祭へと結実する。
• 彼は“ハリウッドを否定するため”というより、「多様な声が共存できるエコシステム」を守ろうとした。
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🎯まとめ
レッドフォードが抱いた疑問は、
• 自らの俳優経験で感じたスタジオ主義の限界
• 1970年代以降のブロックバスター偏重
• 社会的・環境的テーマを映像に託したいという作家としての欲求
これらが絡み合ったものだった。
その危機感が、ハリウッド外部に独立した“もう一つの映画文化圏”を築く原動力となり、サンダンス映画祭の誕生へとつながったのである。
私には、この流れが、メディアの金融化の流れの中で、一縷の希望のように見えるのだ。
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ロバート・レッドフォードのフィルモグラフィーは、俳優・監督・製作者として幅広く展開されており、名作・代表作が多数ある。
🎬主な出演作
- 『明日に向って撃て!』(1969)
- 『スティング』(1973)
- 『大統領の陰謀』(1976)
- 『追憶』(1973)
- 『ナチュラル』(1984)
- 『アウト・オブ・アフリカ』(1985)
- 『スニーカーズ』(1992)
- 『スパイ・ゲーム』(2001)
- 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014)
- 『さらば愛しきアウトロー』(2018)
🎬主な監督作品
- 『普通の人々』(1980、アカデミー監督賞受賞)
- 『ミラグロ/奇跡の地』(1988)
- 『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992)
- 『クイズ・ショウ』(1994)
- 『モンタナの風に抱かれて』(1998)
- 『バガー・ヴァンスの伝説』(2000)
- 『大いなる陰謀』(2007)
- 『声をかくす人』(2012)
- 『ランナウェイ/逃亡者』(2013)
🎬受賞歴
- 1980年 アカデミー監督賞・ゴールデングローブ監督賞『普通の人々』
- 2001年 アカデミー名誉賞
- 1971年 英国アカデミー賞主演男優賞『明日に向って撃て!』ほか
このほか多くの映画で演出・製作総指揮も務め、サンダンス映画祭の創設者としても知られている。
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この投稿は2025年9月21日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。
