声を届ける活字

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活字は声を吸い込み、声は活字に宿った。
新聞は朝のざわめきを整え、雑誌は夜の思索をかき立てる。
そこに響いていたのは、民衆の声か、それとも広告主の声だったのか。

新聞と雑誌は、声を文字に変換する最初の大規模なメディアだった。そこには言論の自由や公共圏の形成といった理念が宿りながらも、同時に広告収入に依存する経済的な仕組みが組み込まれていた。ここで見えてくるのは「声」が「印刷物」として蓄積され、やがて「知的財産(IP)」として扱われ、資本の論理に従っていく過程だ。

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📄 新聞の発展と公共圏

明治初期の日本で新聞は、単なる報道媒体ではなく、近代的な「公共圏」を形づくる政治的・思想的な装置だった。

1872年に創刊された『横浜毎日新聞』¹は、日本初の本格的な近代新聞とされる。民権的な論調を持ち、政府の政策や官僚の腐敗を批判する記事を積極的に掲載したが、そのためにしばしば当局からの弾圧を受けた。

たとえば、徴兵令や地租改正に対する批判記事は「国体を害する」とされ、発禁処分や記者の逮捕につながった。また、自由民権運動の盛り上がりに呼応して、地方紙や雑誌が「民権」を旗印に政府批判を展開すると、内務省は「新聞紙条例」を制定して統制を強め、1875年の「讒謗律」とあわせて言論を制限した。新聞は民衆の声を代弁しつつ、その声の強さゆえに権力から恐れられ、抑圧される存在でもあった。

同時期の海外に目を向けると、イギリスの『The Times』²はすでに「第四の権力」と呼ばれ、議会政治を支える監視装置として機能していた。たとえばクリミア戦争の従軍報道では、政府の不手際を暴き、世論を動かした。だがその経営基盤は読者の購読料だけでなく、急速に拡大する広告収入に支えられていた点が特徴的だ。広告は新聞を「金融的な装置」とし、記事そのものとは別のかたちで「声を売る仕組み」を早くから導入していた。

アメリカでは『ニューヨーク・トリビューン』³が社会改革を訴え、大衆紙の潮流を開いた。

この比較が示すのは、新聞が「公共圏を広げる声」として機能する一方で、早くから「資本に支えられ、資本に依存する声」としての側面を併せ持っていたということだ。日本では言論統制と民権運動がせめぎあう中で新聞の公共性が試され、イギリスでは広告依存が新聞を市場に組み込んでいった。つまり、新聞の歴史は当初から「声の公共性」と「声の金融化」の緊張関係に規定されていたのだ。

📰 雑誌文化と論壇

新聞が日々の出来事を伝える「即時的な声」だったとすれば、雑誌はより長い時間軸で社会や思想を映し出す「熟考する声」であった。論壇雑誌や文芸雑誌は、時代ごとに異なる層の知識人・作家・活動家を結びつけ、公共圏の厚みを増していった。

1911年創刊の『中央公論』⁴は、大正デモクラシー期の論壇を形成した代表的な雑誌である。吉野作造や石橋湛山らが民本主義・リベラリズムを論じ、読者層に広がる議論の場を提供した。『改造』では「大正デモクラシー」の議論が展開され、女性雑誌『主婦之友』(1917)⁵は家庭と女性を読者層として可視化した。

戦後には『世界』(1946年創刊)が論壇誌として重要な位置を占め、冷戦下の国際政治や戦後民主主義の課題を論じる場となった。また、総合雑誌『文藝春秋』は大衆的論壇を標榜し、政治批評から文学、ジャーナリズムまでを包括しつつ、読者共同体を作り上げた。これらの雑誌は執筆者の原稿料や著作権を通じて「知的財産」を資産として扱い、同時に出版社にとってはブランド価値そのものが金融的資産となっていった。

アメリカの『The New Yorker』(1925)⁶は、都市文化を描写するエッセイや風刺、短編小説を掲載し、文芸とジャーナリズムの境界を曖昧にしながら高級誌としての地位を確立した。寄稿作家の作品は著作権管理され、出版社は誌面の知的財産を再利用(単行本化、映画化など)して収益化した。『Vogue』『Harper’s Bazaar』⁷はファッション文化を定着させ、雑誌が広告主のブランド戦略に組み込まれる構造を強めた。

また、フランスの『ヌーヴェル・レヴュー・フランセーズ』(1909年創刊)は、ジッドやプルーストらを擁し、20世紀文学の運動を牽引した。雑誌自体が「文学資本」として機能し、作家と出版社を結ぶ金融的なハブとなった。

日本の論壇雑誌は政治的議論を中心に「公共圏を広げる声」を担い、海外の雑誌は文学や文化を軸に「知的財産を再生産する場」として機能した。共通していたのは、雑誌が単なる言論媒体にとどまらず、著者・出版社・読者をつなぐ経済的仕組みの核だったことだ。雑誌は言論の場であると同時に、原稿料・著作権・広告収入によって成り立つ「金融的装置」として、声を資本に変換する場でもあった。

✒️ ジャーナリズムと検閲

新聞・雑誌の「声」は、社会に影響を与える力を持つがゆえに、しばしば権力から抑圧の対象となった。検閲の歴史は、声が公共圏を広げる一方で、その力を恐れた国家による沈黙化の試みでもあった。

明治政府は、自由民権運動の拡大を背景に1875年に「讒謗律」「新聞紙条例」を制定し、政府批判を行った新聞や雑誌に厳しい処分を科した。『大阪日報』や『朝野新聞』はたびたび発禁処分を受け、記者や編集者が投獄された。戦前の治安維持法下では『大阪朝日新聞』が軍部批判を行い、発行停止処分を受けることもあった⁸。こうした弾圧の中で、民衆や学生はガリ版(謄写版)⁹による地下出版を通じて声をつなぎ、抑圧される声が別の経路で流れる回路を作り出した。

ナチス・ドイツ下では新聞・雑誌が国家宣伝の道具として統制される一方、反体制派は地下出版「Tarnschriften(偽装出版物)」を通じて声を広めた。ソ連でも同様に『サムイズダート¹⁰』など非合法の雑誌が秘密裏に流通し、検閲を逃れて民衆の声を伝えた。これらの運動は「声の残響」として体制に抗い、やがて冷戦期の言論空間に影響を与えた。

日本の検閲は、民権運動や戦時体制の中で国家の権威を揺るがす「声」を封じ込めようとした。海外では全体主義体制下で検閲が徹底される一方、地下出版という迂回路が「声の持続性」を担保した。共通するのは、検閲が声を完全に消すことはできず、むしろ声を「知的財産の非公式回路」に追いやったことだ。ここに、声が金融的資産とは異なる形で社会に残響し続けるダイナミズムが浮かび上がる。

💰 広告収入モデルと声の資本化

新聞や雑誌の存続を可能にしたのは、単なる購読料収入ではなく、広告収入という巨大な資金源だった。声は記事だけでなく、広告のメッセージを通じても社会に流れ込み、その「受け手」としての読者が資本的に換算される仕組みが作られていった。

戦後、新聞社は購読料と広告収入の「二重構造モデル」を基盤に急成長した。読売新聞は「販売網拡大政策」で部数を増やし、広告主に対して「読者の数」を保証する仕組みを確立した。朝日新聞や毎日新聞も同様に、部数拡大と広告収入の安定化を連動させる経営モデルを築いた。週刊誌では『週刊文春』(1959)、『週刊新潮』(1956)¹²がスクープ記事で読者の注目を集め、広告価値を高めた。また、芸能誌『明星』『平凡』¹³は、若者市場を「読者共同体」としてパッケージ化し、広告主にとって金融的な「投資対象」となった。

アメリカの『Life』(1936)や『Paris Match』(1949)¹⁴は、写真報道を軸にした画期的な雑誌として知られる。その経営は、フォードやコカ・コーラといった大手企業の広告収入に支えられており、誌面の「視覚的インパクト」そのものが広告価値に直結していた。また、ニューヨーク・タイムズは「広告を確保するために部数を増やす」という戦略を早くから取り入れ、記事の質と広告収益のバランスを経営の柱に据えた。

日本の新聞・雑誌は「発行部数=広告価値」という方程式を前提に拡大し、海外では「誌面の質や影響力=広告主の信用」という形で資本と結びついた。どちらにおいても共通しているのは、声がもはや記事内容そのものだけでなく、広告に反応する読者の存在によって資本化される点だ。声を届ける空間そのものが金融的資産とされ、広告枠は「売買可能な知的財産」として流通するようになった。

🗣️ 新聞・雑誌と読者共同体

新聞や雑誌は、単なる情報の伝達手段ではなく、同じ文章を読み、同じ時間感覚を共有する「読者共同体」を形成する装置でもあった。声は文字に変換されることで、個人の私的な読書体験を越えて、社会的なつながりを生み出した。

『朝日新聞』の名物コラム「天声人語」は、短い文章ながら全国の読者に共通の話題を提供し、「朝、同じ言葉を読んだ人々」という見えない共同体を形成した。『文藝春秋』は「国民的論壇」を掲げ、多様な作家や評論家の声を誌面に集めることで、読者に「社会の動向を共に考える場」を提示した。また、芸能雑誌『明星』や『平凡』は、歌謡曲やアイドルをめぐるファン共同体を誌面上に可視化し、消費共同体そのものを「広告価値」として再生産した。

アメリカの『Time』『Newsweek』は冷戦期の世論形成を主導し¹⁵、「ニュースを一週間単位で編集する」というスタイルで、国民全体が同じ時間感覚で世界を理解する仕組みをつくりあげた。『Rolling Stone』(1967)¹⁶はカウンターカルチャーを代弁。『National Geographic』¹⁷は科学・探検の共同体を形成し、世界市場に資本化された。

また、フランスの『ヌーヴェル・レヴュー・フランセーズ』は、文学的共同体を組織し、寄稿作家と読者が「文化資本」を共有する空間を築いた。こうした雑誌は、単なる紙媒体ではなく、特定の思想・文化を中心とした共同体を育て、その共同体自体が出版社にとって金融的な「資産」となった。

日本の新聞・雑誌は「国民的共同体」や「ファン共同体」を、海外の雑誌は「知識人共同体」や「文化共同体」を育てた。いずれも読者層の存在が金融的に換算され、広告や購読モデルを通じて市場価値を持つようになった。つまり、新聞や雑誌の本質は「声を文字に刻むこと」であると同時に、「読者共同体そのものを資本に変換すること」でもあったのだ。

🌐 デジタル化とオンライン共同体

新聞や雑誌はインターネットの到来とともに、紙の束からデジタルデータへと姿を変えた。声は印刷物として手渡されるのではなく、スクリーン上で瞬時に拡散する「デジタルの声」となった。

2010年、『日本経済新聞』は日本初の本格的電子版を開始し、記事を有料で提供するサブスクリプションモデルを導入した。これにより記事は単なる一回的なニュースではなく、「データ資産」として長期的に収益化される対象となった。また、『AERA』(1988創刊)や『日経ビジネス』電子版が有料化を導入した¹⁸。記事単位での課金やアーカイブ販売が広がった。

ニューヨーク・タイムズは2000年代末から有料会員制を強化し、2025年第2四半期末には約1,130万人規模のデジタル購読者を獲得した²⁰。さらに、記事だけでなくポッドキャストやニュースレターを展開し、読者との継続的関係を「会員共同体」として育てている。フィナンシャル・タイムズもまた、デジタル化によって国際的な購読者層を拡大し、データを基盤とする広告配信モデルを洗練させた。『The Guardian』は寄付+サブスクモデル²¹を確立し、デジタルメディアの新たな生態系をつくり出した。

紙の新聞・雑誌は、発行部数に応じて「読者に一方的に押し出す=プッシュメディア」だった。しかしデジタル化によって、読者は自分でニュースを検索し、SNSで共有し、好みに応じて「引き寄せる=プルメディア」へと変化した。この転換は知的財産の扱いにも大きな影響を与えた。

従来は「記事そのもの」に価値があり、発行部数や広告枠によって収益化されていた。だがプル型メディアでは、記事は「読者が選び取る対象」となり、**記事単位の課金、パーソナライズ広告、アーカイブデータベース**などの形で細分化・再商品化された。さらに、クリック履歴や閲読時間といった読者の行動データが新たな「知的財産」として扱われ、アルゴリズムによる広告配信や課金モデルの基盤となった。

プッシュ型時代の知的財産は「記事=作品」として出版社に蓄積されるものであった。プル型時代の知的財産は「記事+読者データ=資産」として、メディア企業とプラットフォーマー(Google, Metaなど)の間で取引されるようになった。つまり、声を伝える記事の価値は縮小する一方で、読者の行動そのものが新しい資産となり、金融化の新局面を開いたのだ。

✒️ 印刷された声からデジタルの声へ

新聞と雑誌は、声を文字に変換することで公共圏を広げ、人々に共通の時間と話題を与えてきた。新聞は速報性によって「いま起きている声」を伝え、雑誌は思索や文化を深める「熟考する声」を担った。その意味で、新聞・雑誌は近代日本における民主主義の基盤を支える存在であった。

しかし同時に、これらのメディアは資本の構造に深く組み込まれていた。日本における新聞発禁事件やガリ版による地下出版の歴史は、声が権力に抑え込まれる過程を示す一方で、読売や朝日が「発行部数=広告価値」という数式を武器に巨大企業へと成長した事実は、声が金融的に換算される過程を物語っている。雑誌もまた論壇誌から文芸誌、週刊誌、芸能誌へと展開し、知識人共同体からファン共同体までを読者層として囲い込み、それ自体を資産化していった。

そしてインターネット時代、新聞・雑誌は「プッシュメディア」から「プルメディア」へと転換した。かつては発行部数に応じて一方的に配布される記事が、今や読者の手によって検索され、SNSで拡散され、個別に選び取られる。知的財産も「記事そのものの価値」から、「記事+読者データ」の複合資産へと変化し、アルゴリズム広告やサブスク課金の基盤となった。

結局のところ、新聞・雑誌の歴史は、声の公共性と声の資本化が絶えずせめぎ合う歴史だった。そして今日、声は単なる記事の中にではなく、読者の行動の痕跡そのものに宿り、その痕跡が資本市場で評価される。新聞・雑誌は「声を社会に広げる装置」であると同時に、「声と読者を資本に変換する装置」へと変貌したのだ。

📚 参考文献

1. 日本新聞協会『新聞百年史』
2. Andrew Pettegree, *The Invention of News*
3. Michael Schudson, *Discovering the News*
4. 竹内洋『論壇の思想』岩波書店
5. 日本女性雑誌史研究会『女性雑誌の系譜』
6. Ben Yagoda, *About Town: The New Yorker and the World It Made*
7. 『Vogue』『Harper’s Bazaar』各誌アーカイブ
8. 吉野孝雄『新聞と戦争』岩波新書。1918年(大正7年)8月。シベリア出兵を巡る軍部批判記事(白虹事件)が、新聞紙法違反を理由に発行停止処分。
9. 『日本近代出版文化史』日本出版学会、立命館大学ライブラリー「ガリ版文化資料」
10. Ann Komaromi, *Uncensored: Samizdat Novels and the Quest for Autonomy in Soviet Dissidence*
11. 岩波書店『世界』創刊号アーカイブ、文藝春秋社史
12. 新潮社百年史
13. 渡辺裕『歌謡曲の時代』岩波新書
14. Alan Brinkley, *The Publisher: Henry Luce and His American Century*、Paris Match アーカイブ
15. Richard Kaplan, *Politics and the American Press*
16. Robert Draper, *Rolling Stone Magazine: The Uncensored History*
17. National Geographic Society アーカイブ
18. 朝日新聞出版『AERA創刊30周年記念号』
19. 日本経済新聞社公式サイト「日経電子版」
20. New York Times Company Annual Reports
21. Guardian Media Group, Membership公式サイト

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この投稿は2025年9月23日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。

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