暗いスタジオに赤いランプが灯り、
息を飲む一瞬ののちに録音ボタンが押される。
空気の振動は磁性体を揺らし、
後には数字の列として保存される。
歌は時間を超えて流通し、
権利は契約の網の目を伝って利子を生む。
レコードはサブスクへ、
ジャケットはプレイリストへ。
音は「私的な体験」であると同時に
「金融資産」に接続される。
今や私たちは、楽曲がビジネス・文化・テクノロジーが交錯する複雑な世界で機能していることを認識している。音楽は単なる芸術表現を超え、データ化され、計測され、投資対象となる資産へと変貌している。

今日は、音楽業界で起きている二つの大きな変化 —「知的財産の金融化」と「耳の経済¹」 について考えてみた。
「知的財産の金融化」については、デヴィッド・ハーヴェイ²やクリッパー³といった批判的な経済学者たちの理論を使って解説するのがいいと思う。「耳の経済」については、ショシャナ・ズボフ⁴が提唱する「監視資本主義」やテリアノバ⁵の「デジタル労働論」の視点を利用するのがいいだろう。
これらの考え方を使って、「音楽をお金に変える仕組み⁶」と「音楽は皆のものという考え方⁷」の間の緊張関係を描いてみたい。そうすることで、今の音楽産業が抱える問題点と可能性が見えてくるはずだ。
ちょっと小難しい話だが、できるだけ優しく解説することを試みる。
🏢 1. レコード会社とIP金融化
💰️レコード産業と資本主義の理論
20世紀初頭、レコード会社は録音・製造・流通をひとつの会社が担う仕組み(垂直統合モデル)から始まった。この仕組みは、「モノが特別な価値を持つように見える現象」(商品の物神性)と「資本が増えていく仕組み」(蓄積のメカニズム)の実例といえるだろう⁸。
商品の物神性とは、マルクスが『資本論』で説明した概念だ。簡単に言えば「モノに魔法がかかったように見える現象」のこと。
例えば、CDが2,000円で売られているとき、私たちはそのCDそのものに2,000円の価値があると思いがちだ。でも実際は、そのCDの価値は、作曲家や演奏者の労働、レコード会社の宣伝活動、ファンの支持など、様々な社会的関係から生まれている。
つまり、本当は人々の関係が作り出した価値なのに、CDというモノ自体が価値を持っているように見えてしまう錯覚を指している。
💰️資本の蓄積メカニズム
「資本が増えていく仕組み」(蓄積のメカニズム)とは、資本家が儲けたお金を再び事業に投資し、さらに儲けを増やす「ぐるぐる回る仕組み」のこと。
例えば、レコード会社が1枚のヒット曲で稼いだお金を使って新しいアーティストと契約したり、他の会社の音楽権利を買収したりすることで、より大きな収益を生み出す。これは音楽が単なる文化表現ではなく、常に大きくなり続ける「お金を生むための道具」として使われている状況を表している。
💰️ 物象化と文化産業批判
音楽という目に見えない価値が商品となり、お金を生み出すサイクルに組み込まれていく過程は、ルカーチの「社会関係がモノのように扱われる」という理論(物象化理論⁶)や、アドルノの「文化も工業製品のように大量生産される」という批判(文化産業批判⁷)が早くから指摘していたことだ。
💰️メジャーレーベルの寡占体制
今、音楽業界では「メジャー3」と呼ばれるユニバーサル、ソニー、ワーナーが市場の大部分を占めている。これらの大企業は、音楽だけでなく金融やメディアのビジネスも組み合わせて新しい稼ぎ方を作り出している。
彼らの強みは、音楽の権利(原盤権)とアーティストとの契約、世界中に音楽を届けるネットワーク、そしてデータを使った宣伝方法をうまく組み合わせていること。音楽をただの商品ではなく、長く価値を生み出す「知的財産」として扱い、地理的な制約や時間の壁を超えて収益を上げる仕組みを作っている。これは地理学者デヴィッド・ハーヴェイが言う「時間と空間の壁を縮める」という現象が、音楽業界で起きている例と言えるだろう。
🌐 時間と空間の圧縮理論
デヴィッド・ハーヴェイの**「時間と空間の圧縮」理論**とは、後期資本主義において技術革新や資本移動により地理的距離や時間的制約が克服され、世界が「縮小」したように感じられる現象を説明する概念だ。この概念は著書『ポストモダニティの条件』ちくま学芸文庫(The Condition of Postmodernity, 1989)で展開された¹。
この理論は、グローバル資本主義の発展において、テクノロジーの進歩や交通・通信手段の発達により、物理的な距離や時間の制約が乗り越えられ、世界がより「小さく」なっていく現象を指す。特に1970年代以降の新自由主義とポスト・フォーディズム時代(大量生産・大量消費の工業化モデルから柔軟な生産体制への移行期)における資本流動性の増大と関連している。
💰️新自由主義とは
新自由主義とは、政府の介入を最小限に抑え、市場原理や民営化を重視する経済政策・思想のこと。1970年代以降に広まり、規制緩和や自由貿易の促進を特徴とする。経済学者のフリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンが言い出した。
新自由主義政策を積極的に推進した代表的な政治家としては、イギリスのマーガレット・サッチャー首相(1979-1990)とアメリカのロナルド・レーガン大統領(1981-1989)が挙げられる。両者は「サッチャリズム」「レーガノミクス」と呼ばれる経済政策を実施し、規制緩和、民営化、労働組合の弱体化、税制改革などを進めた。
日本では中曽根康弘首相(1982-1987)が国鉄民営化などの新自由主義的政策を導入した。また、小泉純一郎首相(2001-2006)の「構造改革」も新自由主義的アプローチとして知られる。チリではアウグスト・ピノチェト独裁政権下(1973-1990)でシカゴ学派の経済学者が政策立案に関わり、新自由主義的な経済実験が行われた。
ハーヴェイはマルクス主義地理学者として、資本蓄積プロセスにおいて空間と時間の障壁がどう克服されるかを分析した。音楽産業では、デジタル化やストリーミングサービスの登場により、音楽が物理的媒体から解放され、瞬時に世界中で消費できるようになった現象が具体例といえる。
ここでは音楽産業において、デジタル化やグローバル配信網の発達により、音楽IPが地理的・時間的制約を超えて瞬時に流通・収益化される現象を理解する枠組みとして引用している。
💰️音楽IPの現代的運用
20世紀初頭、レコード会社は録音・製造・流通を統合する垂直モデルから始まった。のちに電気録音、LP、CD、そして配信の時代へ。現在、ユニバーサル・ソニー・ワーナーの「メジャー3」は、原盤権とアーティスト契約、グローバル配給網、そしてデータ駆動のマーケティングを束ね、音源をIP資産(知的財産資産)として長期運用する体制を構築している。
データ駆動のマーケティングとは、ユーザーの聴取習慣や消費行動に関するデータを収集・分析し、それに基づいて音楽の宣伝やプロモーション戦略を最適化する手法。特に音楽ストリーミング時代において、メジャーレーベルはこのデータを活用して楽曲の配信戦略やターゲティングを行い、IP資産(音源)の価値を最大化している。
「IP資産」(知的財産資産)とは、音楽業界において楽曲の著作権や原盤権などの知的財産権を長期的な投資対象として扱う概念だ。特にメジャーレーベルがカタログ(音源の集合体)を戦略的に管理し、ストリーミングやライセンシングを通じて継続的に収益を生み出す資産として運用する体制を指す。
ちなみに「原盤権」とは、音楽の録音物(原盤)に対する権利で、レコード会社などが保有する重要な知的財産権のこと。これは曲の著作権(作詞・作曲)とは区別され、録音された音源自体の使用や複製に関する権利を指し、ストリーミングやライセンシングを通じて長期的な収益を生み出す資産として機能する。
💰️ レコード会社とIP金融化の特徴
音楽業界におけるレコード会社の役割は、単なる音楽制作・流通業から「知的財産ポートフォリオ運用業」へと変容している。この変化は資本主義の発展段階における「金融化」の一形態として捉えることができる。
「知的財産ポートフォリオ運用業」とは、レコード会社が単なる音楽制作・流通業から進化し、多数の音楽作品(原盤権や著作権など)を長期的な投資資産として戦略的に管理・運用するビジネスモデルを指す。特にデジタル時代において、これらの権利はストリーミングやライセンシングを通じて継続的に収益を生み出す金融資産として機能する。
主要な特徴は以下の通りだ:
垂直統合からカタログ資産運用へ:
物理メディア時代の製造・流通中心のビジネスモデルから、知的財産権の長期的運用を重視するモデルへと転換。
「垂直統合」(vertical integration)とは、音楽産業の文脈で、録音・製造・流通といった音楽ビジネスの異なる段階を一つの会社が担う事業構造のこと。20世紀初頭のレコード会社はこのモデルから始まり、その後デジタル時代では知的財産権(IP)の長期的運用を重視するモデルへと転換した。
資本集中と寡占化:
「メジャー3」への市場集中が進み、原盤権の大規模ポートフォリオを形成。
「原盤権の大規模ポートフォリオを形成」とは、メジャーレーベルが多数の音楽録音物(原盤)の権利を集中的に所有・管理し、それらを長期的な投資対象として扱う状況を指す。これらの原盤権は、ストリーミングやライセンシングを通じて継続的に収益を生み出す金融資産として機能する。
時空間の圧縮:
デジタル技術の発展により、世界中どこからでも瞬時に音楽を配信・販売でき、地理的な制約や時間的な遅延がなくなった。これによって音楽権利者は世界規模で即座に収益を得られるようになった。
金融商品化:
音楽カタログが投資家にとって魅力的な商品となり、CDやコンサートのような一時的な収入源ではなく、長期間にわたって安定した収入を生み出す資産として見られるようになった。
この現象は、デヴィッド・ハーヴェイの「時間と空間の圧縮」理論や資本の金融化論⁸と一致している。音楽IPの金融化は、単なる音楽業界の変化というより、現代資本主義の新しい利益獲得方法と考えられる。
つまり、昔は「CD」という物を売っていた音楽ビジネスが、今は「権利」という目に見えない資産から安定的に収益を得る金融的な仕組みに変わったのだ。
📡 2. デジタル化と配信革命
2000年代以降、音楽産業は抜本的な構造変革を経験した。ダウンロード販売からストリーミングへの移行は、単なる技術変化ではなく、収益モデルの根本的転換を意味した。月額制サブスクリプションの台頭により、「所有」から「アクセス」へと消費パラダイムがシフトし、プレイリスト文化が台頭した。
💰️ ストリーミング経済の構造
音楽配信サービスの広がりは、現代の資本主義経済の新しい形を示している。これらのプラットフォームは単なる音楽の仲介者ではなく、私たちの聴く習慣やデータを集める仕組みでもある。音楽を聴くという個人的な行為が、企業にとっては貴重なデータとなり、「耳の経済」とでも呼べる価値を生み出している。
実は、私たちリスナーは音楽を楽しむ消費者であると同時に、プレイリストを作ったり曲を選んだりする活動を通じて、見えない形で「働いて」いるとも考えられる。この集団的な創造活動には、新しい形の共有文化を生み出す可能性も秘められている。
Spotify、Apple Music、Amazon Musicなどの世界的な音楽配信サービスは、音楽産業のお金の流れを大きく変えた。現在主流の「総再生数に対する割合」で収益を分配する方式は、ヒット曲への集中を強め、マイナーな音楽市場が小さくなる可能性を秘めている。2023年には、世界の音楽市場の収益の約67.3%がストリーミングからのものになっている⁹。
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🎯まとめ
今回は、音楽産業における二つの主要な変容―「知的財産の金融化」と「耳の経済」―の理論的に位置づけを試みた。
前者は批判的政治経済学、特にハーヴェイやクリッパーらによる資本の金融化理論に基づき分析し、後者はズボフのサーベイランス資本主義やテリアノバのデジタル労働論の文脈から考察した。
これらの分析軸を用いて、音楽の商品化・資本化(マルクス主義的蓄積論)と共有財としての音楽(デジタル・コモンズ論)の対立構造を明らかにし、音楽の商品化過程を再解釈することで、現代の音楽産業が直面する矛盾と可能性を浮き彫りにしたつもりだ。
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📚️ 脚注
[1]「耳の経済」とは私の造語。音楽配信サービス時代において聴取行為そのものが経済活動と直結する現象を指す概念。リスナーの聴く習慣やデータが企業にとって価値を持ち、再生回数がリアルタイムで収益化され、聴取データが新たな価値を生み出す経済構造を表しているつもりだ。
[2] Harvey, David. The Condition of Postmodernity: An Enquiry into the Origins of Cultural Change. Oxford: Blackwell, 1989.(デヴィッド・ハーヴェイ著、吉原直樹監訳、和泉浩・大塚彩美訳『ポストモダニティの条件』ちくま学芸文庫、筑摩書房、2022年)
[3] Krippner, Greta R. Capitalizing on Crisis: The Political Origins of the Rise of Finance. Cambridge, MA: Harvard University Press, 2011.
[4] Zuboff, Shoshana , 2019, The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power : PublicAffairs.(野中香方子訳 2021,『監視資本主義――人類の未来を賭けた闘い』東洋経済新報社)。
[5] Terranova, Tiziana. “Free Labor: Producing Culture for the Digital Economy.” Social Text, no. 63, vol. 18, no. 2, Summer 2000.
[6] ルカーチ, ジョルジュ『歴史と階級意識――マルクス主義の弁証法的方法について』(城塚登・古田光訳, ルカーチ著作集第9巻, 白水社, 1974年)
[7] ホルクハイマー, マックス/アドルノ, テオドール・W『啓蒙の弁証法――哲学的断章』(徳永恂訳, 岩波文庫, 岩波書店, 2007年)
[8] 「資本の金融化論」とは、実物の商品を作って売る経済活動(実体経済)から、株式や債券などの金融商品を売買して利益を得る活動へと経済の中心が移る現象を説明する理論。簡単に言えば、「モノづくり」から「お金で稼ぐ」方向へと資本主義が変化する流れを分析している。
「資本の金融化論」は、政治経済学において複数の研究者によって発展してきた概念だ。主に以下の研究者たちの貢献が重要だ。:
デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey):1980年代後半から90年代にかけて、資本主義の空間的・時間的圧縮と関連して金融化を論じた[37]。
ジョヴァンニ・アリギ(Giovanni Arrighi):1994年の著書「長い20世紀」で資本主義の歴史的サイクルにおける金融化を分析した。(土佐弘之監訳、柄谷利恵子・境井孝行・永田尚見訳『長い20世紀――資本、権力、そして現代の系譜』作品社、2009年)
グレタ・クリッパー(Greta Krippner):2000年代以降、特に『Capitalizing on Crisis』(2011)において米国経済の金融化を実証的に分析し、この概念を精緻化した。
[9] IFPI(国際レコード産業連盟)が2024年に発表した「Global Music Report 2024」に基づく国際業界分析記事及び各種業界レポート。2023年世界の音楽市場収益の約67.3%がストリーミング起点であると報告されている。
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この投稿は2025年9月25日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。
