気がつけば、どこもかしこも「お金にする」話ばかりだ。
新しい技術が出れば、まずは投資。映画や音楽も同じだ。
伝えたい物語よりも、どれだけ市場が膨らむか、どれだけ資本を呼び込めるかが最初に語られる。
心の奥でうごめく「言いたいこと」「見せたい世界」がまずあって、それを支える手段としてお金がある。
けれど今は、お金の器に収まりそうなものだけが生き残る。
言葉も、絵も、歌も、投資家が頷きそうな未来図に塗り替えられていく。
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物語よりも勘定が先に立つ風景
SNSで話題になった作品が、翌日には「収益化モデル」として分析される。
クリエイターは「ファン数=企業評価」という数式に追い立てられ、まだ形にならぬ思いつきを、資金調達用のプレゼンへと変換する。
ひとつの感情が、ROI(投資利益率)という冷たい指標にさらされるたび、何かが剥がれ落ちていく。
お金が悪いわけじゃない
お金は、表現を支える道具だ。
スタジオを借り、旅をし、誰かと語り合うために必要な、現実的な力。
私自身も、原稿料の振込メールを受け取るとほっとする。
だからこそ、道具が主役に成り代わる違和感が、胸の奥でざらつくのだ。
いま、順番を問い直す
もしかすると「順番を取り戻す」とは、大きな革命ではなく、小さな選択の積み重ねなのかもしれない。
・まず書く。数字はあとで考える。
・まず伝える。資本はその後に呼ぶ。
そんな当たり前を、ひとりひとりが思い出すこと。
作品が売れるかどうかは、後から来る物語だ。
伝えたい声が先にある――そのシンプルな順序こそが、世界を少しやわらかくする。
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風が吹くように、言葉が生まれる。
その瞬間にこそ、価値は宿る。
お金があとから追いかけてくるなら、それはそれでいい。
だが、最初にお金が立ってしまえば、言葉は風でなく、重たい貨幣の匂いをまとったまま、どこへも届かない。
今こそ、静かに順番を正したい。
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この投稿は2025年9月21日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。
