──御代田町・外国語学校問題が映し出す「国際化」の空白
御代田町馬瀬口で計画されている日本語学校「軽井沢国際日本語学校」をめぐり、町議会では繰り返し質問が行われてきた。
人数規模、住民説明、生活影響、行政の関与──争点は多岐にわたる。
申請・認定が公式に示されたのは、2025年10月31日付。文部科学大臣より「認定日本語教育機関」として正式に認定されている。設置者は dreaMTank株式会社。資本金は3500万円。中小規模の法人だ。
求人情報からは、日本語学校の事務職が月給25〜45万円程度、非常勤教師が時給2000〜2600円程度といった条件が見える。一方で、詳細な事業概要や企業ミッション、売上規模などを体系的に示す公開資料は見当たらない。
軽井沢国際日本語学校自体が、これまでに大きな不祥事や批判にさらされてきたという公的記録はない。しかし、地方都市における日本語学校という存在は、それだけで行政の関与や支援体制、地域との調和が問われやすい。御代田町議会でも、そうした広い視点から行政の姿勢を問う声が徐々に増えてきた。
問題は、問いがなかったことではない。
問題は、問いが積み重なっても、答えが深まっていかないことにある。
繰り返される「同じ言葉」
本稿では、2022年から2025年10月までの御代田町議会定例会議録を対象に、外国語学校に関連する答弁を抽出・分析した。
答弁を「把握していない」「今後検討する」「関係機関と連携する」「一般論として重要」といった表現の型に分類し、争点ごとに整理した。
すると、はっきりした傾向が浮かび上がる。
- 計画の規模を問えば、「今後検討する」
- 行政の関与を問えば、「主体ではない」「把握していない」
- 住民説明を問えば、「説明は重要」「丁寧に対応する」
- 生活影響を問えば、「関係機関と連携する」
争点が違っても、返ってくる言葉の型はほぼ同じだ。
答弁は、問題を解決するためというより、場をやり過ごすための緩衝材として機能しているように見える。
なぜ決断できないのか──制度の視点から
これは、御代田町だけの問題ではない。
多くの自治体が、外国人受け入れや国際化を「理念」としては掲げながら、具体的な案件になると足を止めてしまう。
理由は明確だ。
第一に、所管が分散している。
教育、福祉、住宅、防災、治安。日本語学校は、どの部署の主担当なのかが曖昧なまま議論されがちだ。
第二に、判断基準が制度化されていない。
「何人規模なら説明会が必要か」「どの段階で行政が関与するのか」といった線引きが存在しない。
第三に、決断しないことのコストが可視化されていない。
判断を先送りしても、短期的には誰も責任を問われない。そのため、言葉だけが積み重なっていく。
他自治体は、どう「実装」してきたか
一方で、国際化政策を理念で終わらせなかった自治体もある。
たとえば 静岡県浜松市 は、外国人住民の集住を背景に、多文化共生センターを設置し、教育・医療・労働支援を横断的に束ねる体制を早くから整えてきた。
群馬県大泉町 では、外国人住民比率の高さを前提に、行政文書や学校対応を多言語化し、「特別な対応」ではなく「通常業務」として制度に組み込んでいる。
共通しているのは、
- 担当部署を明確にする
- 判断基準を文章化する
- 住民説明を義務化する
という、ごく地味だが逃げ道のない制度設計だ。
国際化とは、イベントやスローガンではない。
日常業務に組み込まれたとき、初めて実装されたと言える。
決断しないことのコスト
御代田町でも、決断を先送りすることで、確実にコストは発生している。
- 住民の不安は解消されず、噂と憶測が膨らむ
- 行政への信頼は、少しずつ摩耗する
- 事業者側も、地域との関係構築の機会を失う
これらは、予算書には載らない。しかし、町の空気として蓄積していく。
結語──国際化とは「言葉を決めること」だ
外国語学校の是非そのものより、いま問われているのは別のところにある。
それは、町が掲げる「国際化」という言葉を、どこまで自分たちの責任として引き受けるのかという問題だ。
「検討する」「連携する」「重要である」。
それらの言葉は、使い続ければ便利だ。しかし、便利な言葉は、決断を遅らせる。
国際化とは、外国人が来ることではない。
異なる存在を前提に、行政がどんな言葉で判断し、どんな線を引くかを決めることだ。
御代田町はいま、その入口に立っている。
決断しないという選択肢も、すでに一つの決断なのだということを、私たちは忘れてはいけない。

