放送と検閲 ― ラジオ・映画・テレビの黎明期

公共の電波に声が乗る。
免許と番組表、 検閲と自主規制、 視聴率とアルゴリズムにより、 自由は管理の語彙で呼び直される。
沈黙は罰ではない。 放送コードとプラットフォーム規約の狭間で選び取られる態度である。

首輪は誰の手に ──Macと私とサブスク地獄

『Macを連れて散歩しよう』──そんな連載をMacFan誌で10年も続けていた。今読み返すと、なにやらほのぼのしたタイトルだ。ペットのようにMacを連れ、街角のカフェで原稿を書いたり、公園のベンチで物思いにふけったり。あ…