首輪は誰の手に ──Macと私とサブスク地獄

『Macを連れて散歩しよう』──そんな連載をMacFan誌で10年も続けていた。今読み返すと、なにやらほのぼのしたタイトルだ。ペットのようにMacを連れ、街角のカフェで原稿を書いたり、公園のベンチで物思いにふけったり。ああ、あの頃はまだ「所有」が存在していた。

だが今、私は気づく。
散歩していたのは、Macではなく、私の方だったのだ。
そして、私の首には、サブスクリプションという名の見えないリードが絡みついていた。

気がつけば、月額980円とかの小さな穴が、財布を食い破っている。
音楽、フォント、クラウド、写真整理、AIアシスタント、マインドマップ、リズムマシン、果ては「集中力を高める波の音」まで、すべてが“必要不可欠”という名の幻想に包まれていた。

「今月から月額に変わります!」という通知を見たときのあの軽やかな絶望。
「無料トライアル中に解約すれば大丈夫ですよ♪」という罠に、何度まんまとハマったことか。
気づけば私は“試され続ける民”として、毎月審判を受ける生活を送っていた。

そしてある日、ふと気づいた。
私のMacには、サブスクアプリが48個入っていた。
もはや“作業環境”ではない。
それは“月額ジムに通い続けて痩せない人”のデジタル版だった。

でも不思議なもので、これらのサービスを解約するたびに、なぜか作業スピードが上がった。
Macが軽くなったわけではない。
私の肩から“毎月の恐怖”が少しずつ下りていったのだ。

かつて私は、Macとともに自由を感じていた。
今の私は、Macとともにクレジットカードの明細を眺めている。

サブスクとは便利の名を借りた、非常に洗練された“課金ゲーム”だ。
そして私は、今日もそのログインボーナスに釣られて、「今月も自動更新されました」のメールに微笑んでいる。
誰が笑っているのかは、きっとAppleだけが知っている。

_____________________

この投稿は2025年7月25日にFBに投稿したものをこのブログに再掲したものです。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください