御代田で起きていることは、世界中で起きている

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——「住めなくなる田舎」の構造を、できるだけ平らな言葉で

The Green Room / 2026年6月

はじめに——「御代田の話」ではなく「世界の話」として読んでほしい

御代田で起きていることを、ひとことで言うとこうだ。

旧役場の土地が売られ、首都圏向けの高級住宅地に変わり、地価が上がり、地元で育った若者が地元に住み続けられなくなっていく。

これを「行政の判断ミス」や「議会の問題」として読むことはできる。でも、それだけで終わらせてほしくない。なぜなら、まったく同じことが、スペインのバルセロナでも、オランダのアムステルダムでも、アメリカのコロラドの山岳地帯でも、ハワイの島々でも起きているからだ。

地名も規模も違う。でも、順番は同じだ。

「素敵な場所だ」→「お金持ちが移り住む」→「地価が上がる」→「地元の人が住めなくなる」。

この4ステップが世界中で繰り返されるのには、理由がある。本稿はその理由を、できるだけ平らな言葉で説明する試みだ。

① 「いい場所」に人が集まると、なぜ地元の人が住めなくなるのか

まず、一番基本的な話から始めよう。

東京で年収1,000万円を稼ぐITエンジニアがいるとする。リモートワークができるので、どこに住んでもいい。御代田を見て「空気がきれい、軽井沢の隣、コスパがいい」と思い、移住してくる。御代田の平均的な地価で家を買っても、東京の感覚では「安い」と感じる。

一方、御代田で生まれ育った20代がいる。地元の工場やサービス業で働いていて、年収は300万円ほど。同じ土地の価格を見ると「高くて買えない」と感じる。

同じ土地を見て、一方は「安い」、もう一方は「高い」と感じる。これは感覚の違いではなく、経済力の違いが土地の価格を決める力の違いになっているということだ。

御代田の社会増加率(外から来る人が出ていく人より多い比率)は1.92%で、隣の軽井沢(1.69%)を上回っている。移住者は年々増えている。それ自体は悪いことではないが、移住者の多くが東京の収入水準を持ち込むことで、地元の賃金水準とは無関係に地価だけが上昇していく。

経済学の研究によれば、リモートワークができる人の割合が1%増えると、その地域の住宅価格は約0.92%上がるという計測結果がある(アメリカの研究)。2019年から2023年にかけてアメリカ全体で起きた住宅価格の約19%の上昇のうち、半分以上がリモートワークの普及によるものだと推計されている。御代田はその最前線にいる。

② 「都会のお金」は「田舎の給料」より強い——これは構造の話だ

フランスの経済学者トマ・ピケティが「r > g」という不等式で示したことがある(難しそうに見えるが、意味は単純だ)。

rは「お金がお金を生む速度」(株や不動産の値上がり)、gは「社会全体が豊かになる速度」(給料の伸び)。rはgより常に速い——つまり、資産を持っている人の富は、働いて稼ぐ人の収入より速く増える、ということだ。

これを「場所」の話に置き換えてみる。

東京で不動産や株を持っている人の資産は、御代田で働く人の給料より速く増えている。その資産を持つ人が御代田に移住してくると、御代田の土地の値段が「東京の資産スピード」に引っ張られて上がっていく。でも地元の給料は変わらない。

結果として何が起きるか。土地を持っていた地元の人(主に中高年世代)はさらに豊かになり、土地を持っていない地元の若者は「地元に住み続けるコスト」だけが毎年上がっていく。

これは誰かが悪意を持ってやっていることではない。市場の仕組みがそうなっているという、構造の話だ。

③ 「公の土地」を売ったとき、何が決まったのか

ここが御代田の問題の核心だ。

バルセロナ市は2016年から2025年にかけて、住宅価格の高騰に悩む地区で661戸の民間住宅を市が買い取り、永続的に低家賃の「地元住民向け住宅」として運用した。スペイン政府は2026年に700億円規模の公営住宅計画を打ち出し、「補助対象の住宅は一定年数後も市場に流れないようにする」という歯止めを制度化した。アムステルダムやバルセロナは短期賃貸(民泊)と新規ホテルを規制し、「都市の空間が投資商品になる」流れに法的な壁を立てた。

これらの都市が共通してやっていることは何か。**「公の土地・建物を、外の資本に渡さない」**ことだ。公有地(役場や学校など公共が持つ土地)は、市場原理が届かないところに公的な価値を守る最後の砦だからだ。

御代田で起きたことは、その逆だった。

2023年12月、議会が旧役場跡地の売却を可決した。その結果、周辺の民有地と合わせて約51,000㎡、100区画・事業費70〜100億円規模の開発が動き出した。そして開発業者が記者会見で言ったのは「メインターゲットは首都圏」という言葉だった。

公の土地が、地元の若者のためではなく、首都圏の高所得者向けに差し出された。この決断が下された瞬間、地価の主導権は外部の資本に完全に委ねられた。それは、後から「やっぱり戻したい」と言っても、法的にも財政的にもほぼ取り消せない。

④ 「田舎として人気になること」が、田舎を壊す逆説

アメリカの地方経済の研究者たちが「アメニティ(快適さ)の罠」と呼ぶ現象がある(アメニティとは、自然・文化・生活の質といった「居心地のよさ」のことだ)。

自然豊かで居心地のいい農村ほど、それを求める豊かな都市生活者が流れ込み、その流入が地価を押し上げ、やがてその農村を「選んだ理由」だったはずの等身大のコミュニティが失われていく——という逆説だ。

アメリカのコロラド州テルライド、バーモント州ウッドストック、ハワイ・マウイ島。コロナ禍に都市からの移住者が殺到したこれらの地域では、移住ブームが去った後も住宅価格の高騰だけが残り、地元の教師・看護師・農家が自分の生まれた土地に住めなくなったという報告が相次いでいる。

御代田は2026年版の「住みたい田舎ランキング」で移住者増加数全国1位を獲得した。その発表とほぼ同時期に、首都圏向け大型分譲の計画が動き出した。これは偶然の一致ではない。「選ばれた田舎」というブランド価値そのものが、開発の根拠になっているのだ。

人気になることが、人気の理由を壊す——この逆説を御代田はいま体験しつつある。

⑤ 「東京→軽井沢→御代田」という波の正体

経済地理学に「スーパースター都市の余波」という考え方がある。難しそうだが、要は「東京のような超高額な都市が飽和すると、そのお金と人が周辺に流れ出す」という話だ。

東京の不動産が高騰しすぎた。次に軽井沢が上がった。軽井沢が飽和した。次に御代田が上がり始めた——この連鎖は、東京という「超高額都市」が生み出した資産を持つ人々が、同心円状に外側へ移動していく動きとして読める。

御代田の地価上昇は、御代田単独の問題ではない。東京の格差構造が地理的に拡散している現象だ。東京で資産を持てた人が御代田に来て、御代田でも資産を形成する。御代田で資産を持てなかった若者は、さらに外側の、まだ地価の上がっていない場所を探すしかない。

格差は時間とともに広がるだけでなく、空間的にも広がっていく。

⑥ 解決策はあるのか——「土地を地域全体で守る」という発想

世界では、この問題にいくつかの対策が試みられている。

最も注目されているのが「コミュニティ・ランド・トラスト(CLT)」と呼ばれる仕組みだ。難しい名前だが、考え方はシンプルだ。

**土地をNPOや地域団体が永続的に所有し、建物だけを地元住民に「市場より安い価格」で提供する。**土地は売らないので、地価が上がっても「建物の売買価格」は地元の収入水準に合わせて維持できる。イギリス・アメリカ・ハワイなどでは実際に機能しており、観光開発や移住圧力から地元住民の住宅を守る手段として認知されている。

日本ではこの制度の整備がほぼ進んでいない。もし御代田が旧役場跡地を売却する前に、こういった「地元のための土地を守る仕組み」を設計できていたとしたら——という問いは、今となっては「もしも」の話だ。

しかしその「もしも」を、次の「御代田」が起きる前に議論しておくことが、政策と社会の課題だ。

おわりに——「御代田固有の問題」として読まないために

御代田で起きていることは、「行政が失敗した話」でも「移住者が悪い話」でも「議会が怠慢だった話」でもない。

市場が動く方向に、世界中の資本と人が動いている。その動きの中で、「公の土地をどう使うか」という決断が、地元の若者の未来を静かに決定してしまう。御代田はその決断をすでに下してしまった。

同じ決断を、これから迫られる農村・小都市は、日本中にある。

「御代田で起きたこと」を世界の構造として読めるようになることが、次の場所で「別の選択肢」を探す力になる。それがこの記事を書いた理由だ。

参考・出典

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