御代田のツルヤで、夕方に買い物をする。レタス、豆腐、卵。レジを通すと、合計の下に小さく「(10%)」と印字された数字が並ぶ。ふだんは目もとめない、あの数字の話をしたい。
もし、この10%が1%になったらどうなるか。
千円の買い物が、千百円から千十円になる。月に何度もスーパーに通う家庭ほど、その差は積もる。年金で暮らすお年寄りにも、町を出て都会の大学に通い始めたばかりの子にも、ありがたい話に聞こえる。
ところが、ここで足を止めて考えてみたい。この「安くなった分」は、いったいどこへ消えるのか。
国の一年の予算は、いま122兆円ほどある〔注1〕。その歳入の柱のひとつが消費税で、年におよそ24兆円が入ってくる〔注2〕。もし税率を10%から1%へ、つまり10分の1へ下げれば、この消費税収のおよそ9割――24兆円あまりが、いっぺんに消える勘定になる。国の予算の、ざっと6分の1にあたる大穴だ。そして、この穴は埋めないわけにいかない。安くなったお金は、空から降ってくるわけではないからだ。
因みに、この24兆円は、御代田町の今年度の予算(約98億6千万円)の、ざっと2,400倍にあたる。町の一年分の暮らしを丸ごと2,400回まわせるほどのお金が、消費税を1%にするだけで、国全体では毎年消えていく勘定だ。
埋め方は、ざっと四つある。
ひとつは、国が借金をして埋める。けれど借りた金は、いつか税で返す。返すのは、いまレジに並ぶ高校生が、働きはじめたその先の暮らしでだ。
ふたつめは、所得税や法人税を上げる。すると将来の給料の手取りが減ったり、就職する頃の会社の元気がそがれたりする。
三つめは、年金や医療を削る。国の予算のおよそ3分の1はこの社会保障に使われていて〔注3〕、この町でも高齢の世帯は多く、働く世代はこれから細っていく。削れば、いま助けられている人に、そして年をとった先の自分に響く。
四つめは、景気が良くなって税収が自然に戻るのを待つ。うまくいけばいいが、20兆円を丸ごと埋めるほどかは、誰にも約束できない。
つまり、レジの「10%」を「1%」に削るというのは、負担を消す話ではない。いま全世代で薄く分け合っているものを、別の誰か――多くは、これから働く若い世代――の肩へ寄せ替える話なのだ。
高原のレタスがホルムズ海峡の油の値段とつながっていたように、御代田のスーパーのレシートの隅の数字もまた、国の財政という大きな仕組みと、まっすぐ地続きになっている。
だから、選挙の季節に「消費税を下げます」という声が聞こえてきたら、レシートを思い出してこう問い返してみたい。下げた分のお金は、どこから持ってくるのか。それは将来、誰が、いつ払うのか。
各党は、どう言っているのか
レジの数字をめぐって、政党の言い分は割れている。2026年の衆院選では、消費税が大きな争点のひとつになった。
いちばん思い切っているのは、税そのものをなくそうという立場だ。れいわ新選組は、消費税の廃止を掲げた Nikkei。その財源には赤字国債の活用を訴えている Jiji。参政党も段階的な廃止を、社民党も税率ゼロを主張している。
つぎに、5%まで下げようという立場がある。共産党は、ただちに5%に減税し、将来的な廃止をめざすとした。財源は大企業や富裕層への課税で確保するという Nikkei。国民民主党は、物価上昇に賃金が安定して2%上回るまで一律5%に引き下げるべきだとし、外国為替資金特別会計の運用益や日銀が持つ上場投資信託の益などを財源に挙げている Komei。
そして、食料品にしぼってゼロにしようという立場が、いまの主流に近い。自民党と日本維新の会は、飲食料品の消費税を2年間限定でゼロにする方向で検討を進めた Komei。立憲民主党と公明党が結成した新党「中道改革連合」は、食料品の消費税を恒久的にゼロにすると掲げ、赤字国債に頼らず新たな財源を示すとした KHB TV。日本保守党も、食料品の恒久ゼロを主張している。
並べてみると、争点は税率そのものよりも、むしろ「消えるお金をどこから持ってくるか」にあることが見えてくる。国債でまかなうのか、大企業や富裕層への課税で穴を埋めるのか、特別会計の運用益や資産の売却で出すのか Komei――その答えが、党によってまるで違う。そして財源の選び方こそが、さきほど見た「誰が、いつ負担するのか」を決めていく。
ちなみに市場は、この綱引きを冷ややかに見ている。高市首相が消費税減税を打ち出すと国債が売られ、長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは一時2.38%と、約27年ぶりの水準まで上がった Jiji。減税の話が出るたびに、国の借金にお金を貸す側が身構える、というわけだ。
御代田を歩けば、レジの数字ひとつからでも、世界と未来にぶつかる。
【蛇足】AIにイメージ写真を作らせたらツルヤのレシートがカラーになってしまった。まあ、これでもいいか。
注
〔注1〕2026年度(令和8年度)一般会計予算は約122兆円で、2年連続の過去最大。 https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2026/seifuan2026/index.html
〔注2〕消費税収は2026年度予算で約26.7兆円が見込まれ、税収(約83.7兆円)のなかで最大の柱を占める。 https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2026/seifuan2026/24.pdf
〔注3〕一般会計歳出のうち社会保障関係費は約39兆円で、歳出全体のおよそ3分の1を占める(2026年度予算)。 https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2026/seifuan2026/index.html
