高原レタスとホルムズ海峡

夏の御代田を抜けて佐久の高原に車を走らせると、辺り一面に緑の畝が広がる。隣の川上村まで足を延ばせば、その景色はさらに濃くなる。標高千メートルを超える土地に、ひたすらレタス。日本一のレタス産地である。涼しさという、この土地にしかない資源を作物に変えてきた先人の仕事の結晶だ。
涼しさを売る作物。その値段が、地球で最も暑い海峡で決まっていると言ったら、多くの人は怪訝な顔をするだろう。ペルシャ湾の出口、ホルムズ海峡。あの油まみれの海と、信州の冷涼な畑。一見すると、これほど遠いものはない。だが、両者は一本の線でつながっている。

涼しさを運ぶのは石油
高原レタスは、涼しさだけでは商品にならない。畑から食卓まで、その全行程が石油に支えられている。
夜明け前、まだ暗いうちに収穫が始まる。畑を耕すトラクターは軽油で動く。摘み取られたレタスは、鮮度が命だ。気温が上がる前に予冷庫へ運び込まれ、芯まで冷やされる。その電気と冷媒。そして保冷トラックに積まれ、東京や大阪の市場まで何時間も走る。この輸送こそ、産地から最も遠い消費地まで「涼しさ」を届けるための、石油の塊のような工程である。
つまり高原レタスとは、冷涼な気候という天然の資源を、石油という別の資源で都市まで運ぶ作物だ。原油が上がれば、収穫も、予冷も、輸送も、すべてのコストが同時に押し上げられる。涼しさを売っているはずの作物が、エネルギー価格にまるごと握られている。

畑にまかれる中東
線はもう一本ある。肥料だ。
レタスを育てる化学肥料の主原料——尿素、リン安、塩化加里——を、日本はほぼ全量輸入に頼っている。国内にこれらの資源がほとんどないからだ。畑の足元には、世界中から運ばれてきた鉱物と化学品がまかれている。
ここで面白いのは、中東への直接の依存度は、実はそれほど高くないという点だ。尿素の最大の輸入元はマレーシア、リン安は中国、塩化加里はカナダ。中東の比率は必ずしも大きくない。だから「中東が荒れても肥料は大丈夫」と思いたくなる。
ところが、現実はそう単純ではなかった。

玉突きという仕掛け
二〇二六年の春、イランをめぐる軍事衝突が本格化すると、肥料の国際価格が一気に跳ね上がった。尿素の中東価格は、二月には一トンあたり五百ドル未満だったものが、四月には八百ドルを超えた。日本の主な輸入元は中東ではないのに、である。
なぜか。中東から肥料原料を買っていた国々が、紛争で調達先を一斉に切り替えたからだ。彼らが向かった先が、マレーシアをはじめとするアジア産だった。買い手が増えれば、値は上がる。日本が頼ってきたマレーシア産尿素の価格も、つられて上昇する。
直接は買っていない。それでも値上がりは避けられない。これが「玉突き」の仕掛けである。世界の市場は一枚の布のようにつながっていて、遠い端を引っ張れば、こちらの端も動く。中東依存度が低いという事実は、安心の根拠にはならなかった。

蛇口は車社会の足元にも
御代田を含む佐久・軽井沢一帯は、車がなければ生活が回らない土地だ。買い物も通勤も送り迎えも、すべて車。そこへ二〇二六年の原油高が直撃した。
三月十六日、レギュラーガソリンの全国平均は一リットル百九十・八円と史上最高値をつけた。都内では二百円を超えるスタンドも現れ、「令和のオイルショック」と報じられた。政府はあわてて補助金を再開し、価格はいったん百七十円前後まで戻ったが、これは補助で押さえ込んだ数字にすぎない。背景にあるホルムズ海峡の緊張が解けたわけではない。
日本は原油輸入の約九割を中東に頼り、その大半がホルムズ海峡を通る。海峡が封鎖されれば、ガソリンも軽油も灯油も同時に上がる。車社会の御代田にとって、これは家計の問題であると同時に、レタスを運ぶ保冷トラックの問題でもある。生産と生活が、同じ一本の管でつながっている。

静かな土地ほど、世界にむき出し
都会のほうが世界経済の影響を受けやすい——なんとなく、そう思われている。だが高原レタスをめぐる三本の線、燃料・肥料・輸送をたどると、むしろ逆の風景が見えてくる。
車に頼り、輸送距離が長く、輸入肥料に支えられた高原の農村は、世界の出来事に対してむき出しだ。静かに見える畑の一枚一枚が、ペルシャ湾の波と、目に見えない管でつながっている。
レタスを一玉手に取るとき、その値札の向こうに海峡が透けて見える。御代田の窓から世界を覗くというのは、つまりそういうことだ。

政治は燃料に何をしているか
この海峡の緊張は、そのまま永田町の論点になっている。各党が燃料をどう語っているかを覗くと、これがなかなか味わい深い。
長く舞台の中央を占めていたのは、ガソリン税に半世紀も居座った「暫定税率」だった。一リットル二十五・一円。名前に「暫定」と書いてあるのに五十年動かない、という日本語の奇跡である。これが二〇二五年末から二〇二六年春にかけて、ついに廃止された。与野党六党がそろって賛成した、珍しく絵に描いたような合意だった[1]。
ところが、めでたく税を消したまさにその頃、中東で戦火が上がる。原油が跳ね、政府は三月、今度は補助金で価格を抑え込みにかかった。全国平均を一リットル百七十円程度に[2]。左手で税をはずし、右手で補助金を差し込む。差し引き、ドライバーの財布の中身はそう変わらない。器用なのか、堂々巡りなのか。
そして現在の論点は、その補助金をどう畳むか――いわゆる「出口戦略」である。各党の身振りを並べてみよう。


自由民主党(連立与党)

二〇二六年二月の衆院選で単独三一六議席、戦後最多の地滑り的勝利を収めた高市政権の本丸だ[3]。日本維新の会と組んで盤石。その盤石をもってしても、補助金には及び腰になる。毎月四千億円が溶けていく蛇口を、続けたいが続けたくない。高市首相は党首討論で「出口戦略」に「とても重く受け止める」と応じた[4]。重く受け止めるとは、まだ動かないということの、丁寧な言い換えでもある。

日本維新の会(連立与党)

効果の薄い補助金は大胆に切れ、が党是。与党の側から「やめよう」と言える立場にいるが、政権を共にする以上、引き算の役回りをどこまで貫けるかが見どころだ。

国民民主党

「元祖ガソリン減税政党」を名乗る、この分野の言い出しっぺ[1]。暫定税率廃止を押し切った勢いで、今度は補助金の出口まで設計しろと迫る。玉木代表は延長と出口の同時提示を説いた[4]。減税で点を取り、出口論で大人を演じる。攻守の切り替えが速い。

中道改革連合(立憲民主党と公明党系が結成)

物価高対策の最前列に燃料と食料を据え、家計を守ると訴える[5]。ばらまきではなく脱炭素と噛み合う支援へ、と筋は通っている。ただ、その正論が選挙で四十九議席まで沈んだのは、正しさと得票が別物だという、政治の古い教訓でもある。

日本共産党・れいわ新選組

補助金や減税は所詮その場しのぎ、問題は化石燃料に縛られた構造そのものだ――と、最も遠くを見据える[6]。再エネへの全面転換を掲げ、対症療法を一蹴する。なかでもれいわは、六党合意の輪に「妥協だ」と背を向けた一匹狼[7]。筋を通すか、孤立するか。その境目を地で行く。

身振りはそれぞれだが、舞台裏は共通している。誰一人、値段を決めている当のホルムズ海峡には手が届かない。税をいじり、補助を足し引きし、出口を論じる。どれも、海峡の向こうで決まった数字を国内で撫でさする所作にすぎない。御代田の畑と家計が世界にむき出しだという事実は、与党が三分の二を握ろうと、野党が正論を磨こうと、びくともしない。
政治が動かせるのは、せいぜいレタスの値札の手前まで。値札の向こう側は、相変わらず海峡が握っている。

レタスを調べていたら、いろいろ面白いネタが転がっていた。ついでだからこのままレタス絡みの話を続けることにする。

出典
[1] 「ガソリン減税年内実施へ与野党6党が合意」自由民主党、2025年(jimin.jp)/「ガソリン暫定税率の年内廃止の合意に当たって(談話)」国民民主党、2025年10月31日(new-kokumin.jp)
[2] 「ガソリン補助金縮小、首相『出口戦略』に理解 玉木氏が提起」日本経済新聞、2026年5月20日
[3] 「衆院総選挙 自民316議席」自由民主党、2026年2月9日(jimin.jp)/「第51回衆議院議員総選挙」Wikipedia
[4] 「ガソリン補助金縮小、首相『出口戦略』に理解 玉木氏が提起」日本経済新聞、2026年5月20日
[5] 立憲民主党 物価高対策パンフレット(partsa.nikkei.com)
[6] 「第51回衆議院議員選挙ー各党選挙公約の気候変動エネルギー政策に関する分析ー」気候ネットワーク、2026年1月29日
[7] 「れいわ新選組以外の野党7党がガソリン減税法案を国会に提出」NetIB-News(data-max.co.jp)
※燃料価格・補助単価は2026年6月時点の情報。最新の単価は資源エネルギー庁の公式サイトを参照。

この記事はAIを使って収集したデータを元に加工・編集しています。

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